『ゆれる』

さすが香川さんに「10年に一度出会えるかどうかの脚本」と言わしめただけのことはある。心の奥に潜む優越感と劣等感。理性と狂気。ふとした事でそれまで辛うじて保っていたバランスが崩れた瞬間、あらぬ誤解と悲劇が生まれてしまう。そんな脆くて危うい人の内面を巧みな心理描写で描いた作品。緻密で隙のない脚本と演出、そして見事な役者の演技に圧倒される思いでした。
危険な魅力を発しながら自由奔放に生きるアウトローな弟と、生真面目で面白味のない優等生タイプの兄。一人の女性を巡って、この対極的な2人の感情が縺れ絡みぶつかり合う。画面いっぱいから伝わる張り詰めた緊張感。複雑な心のゆれを見事に表現したオダジョーと、狂気を孕んだ香川さんの演技に、見ている側の心もまた”ゆれる”。何が本当なのか。何を信じればいいのか。真実はどこにあるのか。些細な表情の変化一つとして見逃すまいと、全神経を傾けて見入っていたら、終わる頃には肩がコチコチになっていた。どうやら相当力を入れて見てたらしい(苦笑)。人の心の脆さをリアルに描きながらも、同時に”先入観”という心理を巧みに利用して、観客をも惑わしながら驚きの結末へと導いた西川美和監督は若干32歳という若さ。末恐ろしい人が現れたものだ。そして本気で気持ち悪く見えた香川さんに、心から拍手を送りたい。